変わりゆく市場:アースポジティブな経済の台頭
CDP CEO シェリー・マデーラ
市場は、情報を糧に成長します。信頼性が高く標準化された情報分析は、確信に満ちた見解を生み、価値を構築する基盤となります。
経済理論はデータに基づいており、経済主体がインプットとアウトプットに対して支払う意思がある価格と共に、その行動や反応をも追跡します。経済理論の基本原則は希少性です。これに需要と供給が組み合わされた時に生産的な経済の基礎が生まれます。官民双方の経済主体は日々、資源不足や需給関係に基づいた意思決定を行っています。
建設、農業、食品・飲料、テクノロジー、運輸などの重要な経済セクターの多くは、水、エネルギー、土地、海洋といった自然界から得られる希少な資源に依存しています。
「なぜ最初から気候と自然に関するデータを経済の原則に統合しなかったのか」という問いも生まれようというものです。結局のところ、GDPなどの伝統的に使用されてきた指標はインプットとアウトプットを必要とし、その多くが自然界への依存によって動かされています。
経済学者の経済の評価に対する異なるアプローチを求める声は決して新しいことではありません。ニコラス・スターンがまず気候変動の経済への影響を強調したのに対し、パーサ・ダスグプタがその視点を広げて生物多様性を組み込みました。
彼らの主張を裏付けるデータには事欠きません。世界の森林の価値は、総額150兆米ドルと推定されています。また、データセンターにより、世界の電力需要は2030年までに2倍以上になると想定されており、水の消費量もまた年間1兆2,000億リットルに跳ね上がることが予想されています。
世界は今、経済危機に直面しているかもしれません。
ただ、チャンスの時であるのは間違いありません。予測不能な市場環境をうまく乗り切れるかどうかは、進路を示すコンパスとしての情報とデータへのアクセスが不可欠です。経済基盤を拡大し、環境データセットを考慮に入れて、価値の定義を再設定すべきではないでしょうか。
データが組織の利益を保護する
既存の環境経済に基づき、CDPは、「アースポジティブな経済」と呼ぶ概念を模索しています。
現在および未来の経済的な価値は、世界の経済が営まれる環境を無視することはできません。気候と自然の状態を無視することは、価値と価格設定の根拠となる需要と供給への根本的な影響を無視することです。アースポジティブな経済の概念は、複雑な影響力のマトリックスを簡略化するものです。単純にしすぎているくらいです。しかし、それは決して悪いことではありません。環境要因を通常業務に組み込むには、もっと簡素化する必要があります。経済的なリスクと機会の両方を定量化するにはこのアプローチが必要なのです。極めて重要なのは、データがこのアプローチを支えていることです。世界市場で比較可能な環境データは、市場のシグナルを可視化し、地球への影響がどこで価値を創造または毀損するかを理解するために役立ちます。これが、アースポジティブな経済です。
経済的な意思決定では、成長が優先されてきましたが、。現在の成長を将来にわたり保護するためには、今日の成長の持続可能性を今後数十年にわたって考慮することが、優れた経済計画となります。これにより、経済、ビジネス、政府の意思決定を行う上で、より包括的な状況把握が可能となります。人工知能(AI)や半導体などの成長産業において、明確かつ関連性の高い事例が見られます。これらのセクターは、エネルギーおよび水資源に深刻な負担をかけています。この事例では、当該セクターに関与するすべての経済主体にとって、事業計画においてこれらのインプットの入手可能性、価格や持続可能性を無視することはできないことがわかります。

キャプション:IEA (2025), Data center electricity consumption by region, Base Case, 2020-2030, IEA, Paris, Licence:CC BY 4.0
このデータを分析することで、規制当局などは、例えば管轄区域における資源利用の最大許容値を設定することができます。具体的には、取水量の上限や土地転用の制限などが挙げられます。ここでは、成長に対して無理な負担をかけるのではなく、アースポジティブな経済をエコシステムに組み込むことが理にかなっています。水やエネルギーなどの経済的インプットを管理しなければ、経済全体にわたる将来の成長は困難になります。自然界に関連する希少な資源は、正確に測定、管理し、価格設定を行う必要のある重要なインプットです。これらのバウンダリーを定義することにより、データは曖昧さを低減し、一貫した政策に対応し、投資家や企業に持続的に成長機会があることを示すことができます。
長期的な競争力、成長および雇用創出を守るために、生物圏から経済圏へ流入するの重要な自然資源の需要と供給を追跡することには意義があります。水、土地、海洋資源のような基本的な資源の需要が供給を上回るペースで増加しており、今後、構造的な不均衡が発生することを示す根拠があります。OECDは、地球温暖化が3℃に達した場合、欧州における年間の水不足による損失は年間400億ユーロに及び、農業、エネルギーおよび公共用水の供給に深刻な影響を与える可能性があると報告しています。堅牢なデータを通じてこれらのインプットを監視することは、ひいては市場がそれらの適切な価格設定を行い、変動性を低減し、効率的な資本配分を導くこととなります。
多くの伝統的なインプットと違い、自然資源は、本質的に地域に基づきで、肥沃な土地や淡水資源は、国境を超えて容易に移動させることができません。水や土を積んだ輸送コンテナは見たことが無いと思います。。水や土の輸送は、グローバルな貿易の流れの中では経済的に採算が合わず成り立ちません。このような地理的制約により、データの透明性と先を見越したシグナルは、バリューチェーンのレジリエンスを求める企業と投資家にとって、いっそう重要になります。AI産業の例を引き続き挙げるならば、AIの急成長は、エネルギーの利用可能性に地理的な影響を及ぼします。

キャプション:データセンターの集中している地域では、その電力需要が占める割合が大きくなっています。米国では、すでに6つの州でデータセンターの電力消費が総発電量の10%を超え、最大のバージニア州では約25%を消費しています。
IEA (2025), Energy and AI, IEA, Paris, Licence:CC BY 4.0 and OMDIA (2025), Data Center Building and Investment Intelligence Service - Omdia.
決定的な環境情報がなければ、企業や政策立案者は未知のリスクまたは機会に気づくことができません。気候と自然への影響に関する堅牢かつ標準化されたデータは、経済的インプットやプロセスのコストを予測するために不可欠となり、これが投資判断の基盤にもなっています。
ビジネスの運営のために取締役会が必要とする指標は変わりつつあります。自然資源に依存する産業や地理的な制約を受ける産業では、すでに多くの変化が起こっています。。食品・飲料業界の主要企業は、今日、自社製品に対する水と土地の不足の影響を考慮する必要があります。また、世界中で物理的リスクがある地域に工場を持つ製造業者は、貸借対照表上で何が座礁資産になる可能性があるかを注意深く精査しています。保険商品は、予測される気候変動によるリスクに合わせて保険料が上がるまたは下がる選択肢を提供するように適応しています。経済的な観点からみると、アースポジティブを意識することにより、適切なガバナンスに不可欠な投入コストと運営コストを正確に評価することが可能になります。
GDPを補完する、より包括的な進歩の測定基準を求める議論が世界的に高まっています。九州大学の馬奈木俊介氏による先駆的な著書である『Wealth, Inclusive Growth and Sustainability(富、包摂的な成長と持続可能性)』では、持続可能性の指標がどのように政策とビジネスの双方に長期的な価値の創造をもたらすことができるかについて概説しています。
こうしたデータの有無による影響は、さまざまな規模の意思決定が数十億米ドル規模の波及効果をもたらすグローバルサプライチェーンにおいて深刻に捉えられています。関税の不確実性により多くの企業が自社サプライヤーの見直しを強いられている中、わずかな変化でさえサステナビリティ目標に深刻な影響を与え、ひいては企業の評判、操業権、投資に重大な影響を及ぼす可能性があります。
地球という投資対象
アースポジティブな経済とは、環境の健全性を保つことがビジネスを制約するものではなく、その前提条件であると認識しています。財務諸表の作成や予測が過去の経済的な意思決定の基盤であったように、開示を通して環境情報を明らかにすることは、これからのサステナブルな意思決定のためのツールです。 アースポジティブな経済の概念は、サステナビリティを価値創造の中心に据え、決して成長を犠牲するのではなく、成長を促す役割を果たします。公共および民間セクターの組織の多くは、アースポジティブなデータを考慮に入れることにより機会を特定し、大きく躍進しています。
CDPの最近の分析レポート「情報開示がもたらす利益」によると、グローバルで企業の3分の2(64%)が、環境アクションからの商業的機会を特定しています。これらの企業の12%は、過去1年ですでに1.3兆米ドル相当の機会を創出しています。具体的には、企業の活動による自然への影響に取り組む企業が増える傾向にあります。過去1年で、フォレストの情報開示を行ったグローバル企業の数は200%、ウォーターも100%増加しました。このような増加傾向は、このデータを調達や資本配分に関する意思決定に組み込むよう要求するサプライチェーンのオーナーや投資家が増えたこと、自然に関するデータの開示を促す政策動向、およびTNFDの適用拡大により推進されています。
新時代の到来に向けて
環境アクションについて考える時間が成長の妨げとされた時代は終わりました。
アースポジティブな経済では、より包括的な視点でリスク、依存、機会の全体像を見渡します。バリューチェーン全体で情報のギャップを埋め、ビジネスに良い影響を及ぼし、業績を牽引するのです。経済的パフォーマンスは、国家の繁栄から中小企業の利益率まで広範囲にわたりますが、いずれもこのマインドセットを受け入れることが求められます。
ニューヨークで行われたClimate Week NYC 2025に続き、ブラジルでのCOP30が開催される今こそ、気候と自然に関する事実に基づいた経済的インプットをしっかりと把握する絶好の機会です。
検討すべきことはまだたくさんありますが、データと分析を通じて、共にこれからの経済を形作っていきましょう。アースポジティブな経済は、最適な経済なのです。